デジタルリマスター版として蘇った映画「白痴」。ヴィジュアリスト・手塚眞監督に話を聞いた

公開から20年を迎えた今年、デジタルリマスター版として蘇った昭和文学を代表する文豪・坂口安吾の小説を原作とした映画「白痴」。「映画化不可能」と言われた原作に果敢に挑戦し、10年の構想を経て世界に賞賛される名作を完成させた、ヴィジュアリストの手塚眞監督に話を聞きました。

「映画化不可能」とまで言われた作品をなぜ作ろうと思ったのですか?
30年前くらいに次にどういう映画を作ったらいいのかなかなか見つからなくて悩んでいた時期があったんです。自分の気持ちに素直な映画を作りたいと思ってたんですが、どういう映画なのかは自分でもわからなくて。そんなときたまたま「白痴」という小説に出会って読んでいるうちに「これがやりたかったことなんだ」とピンときたんです。
「白痴」と出会ったきっかけを教えてください。
ある時「堕落論」という坂口安吾さんの代表的なエッセイが新聞の書評に載っていたんです。もともと自分は小説とか日本文学にあまり興味がなくて、それまで安吾さんの小説は読んだことがなかったんですけど、非常に面白そうだったので読んでみたら思いの外面白かったので「他のものも」と手に取ったのが「白痴」でした。
新津でクランクイン、美咲町でオープンセットを作るなどロケはほぼ新潟と伺いました。なぜ新潟を選んだのですか?
一番の理由は作家の故郷ということ。原作を使おうと思ったときに安吾さんはすでにお亡くなりになっていたので、新津にあるお墓にお参りをしようと新潟に向かったんです。それと同時に新潟にはシネ・ウインドという素敵な映画館があって、なおかつ代表の斎藤さんが「安吾の会」をされていると聞いたので想いを伝えに行きました。最初は「新潟もなにか協力しますよ」というシンプルな話だったのが、話がだんだん広がっていって、逆に東京でできないことが新潟でもできるかもしれないと結果的には新潟で撮影をすることになったんです。だから全て安吾さんで繋がった出会いだったんですね。
主人公が働くテレビ局の近代的な内観の建物が印象的でしたが、あのシーンも新潟で撮影したのですか?
長岡と群馬県の桐生市で半分ずつ撮っています。新潟でやろうと決めた後に「だったら安吾さんゆかりの場所を探して、そこでも撮影ができるといいな」と考えまして、安吾さんの亡くなった桐生市でも少し撮影をしました。長岡だと近未来的な建物もある長岡造形大。 あと同じ新潟県内で言うと新潟市を中心にいくつかの場所で撮りました。今は十日町になっている松之山町には安吾さんが一時期住んでいたところが残っていてそこにも行きましたね。
空襲のシーンではオープンセットを実際に爆破したそうですね。今はCGでできるからこそ、特撮の迫力を感じました。監督にとって特に思入れの強いシーンはありますか?
空襲で街ごと燃えてしまうシーンについては、原作を読んだ時に映像になって頭の中に浮かんできて「これはすごい、ぜひとも本当の映画にしてみたい」と思いました。その当時もうすでにCGというのは若干使われてはいたのですが今ほど技術もよくなかったですし、やっぱり本当の火にかなうものではないのでセットの街を作って燃やすしかない。これだけは最初から決めてどうしてもやりたかった。それが故にこの企画が非常に困難になりまして、それがなければもっとスムーズに作れたかもしれないんですけど。普通の映画でもなかなかやらないことなので、そこが一番ネックだったんですが、一番こだわったところでもありますね。
初めて試写をした時に、みんな「暑かった」と顔を真っ赤にしてるんですよ。映像ですから温度なんてないのに、実際に燃えているみたいに感じたみたいで。その時、やっぱり本当の火を撮ってよかったなと思いました。
どんなことにもあまり動じない主人公・伊沢のキャラクターは、どのように生まれたのですか?
原作の主人公には斜めに物を見るようなところがあって、本人は苦しい生活をしているのに若干上から目線を感じる、世の中を観察して淡々と見る様な印象があったのでそういうキャラクターにしたのですが、その一方で原作と異なり悩みを持ってる主人公にしようとも思ったんですね。

僕らは作品を作る上で主人公の設定を考えるのですが「白痴」の場合は最終的に浅野忠信さんがそれをピッタリ演じてくださった。演出の面でも浅野さんがやることによってそのキャラクターがはっきりと見えてくるんですね。だから正確に言うと原作と僕や浅野さんの考えているキャラクターが合わさって、一つのキャラクターになったんだと思います。

面白いエピソードがありまして、最初にプロデューサーが浅野さんを連れてきて面接をしたんです。そのときは「この主人公にはふさわしくない気がする」とお断りしてしまいました。その後、なかなか俳優が決まらなくて、ある日コンビニに入ったら並んでる雑誌の表紙にすごくいい顔があったんです。「自分が探していたのはこの顔だ!」と手に取ったら浅野さんでした。同じ人とは思えないくらい、会った時と全然顔つきが違う。今の彼だったらぴったりだと思ったんです。なのでもう一回会いたいと、無理を言って会いました。そこで「この何ヶ月かで、心境の変化があったんですか?」と聞いたら、最初にあったときは俳優の仕事に対して、ポジティブではなかった時だったらしくて。だから後ろ向きな感じがあまりいい印象ではなかったんですね。それからちゃんと俳優をやっていこうと気持ちが変わった様で、もう一度お願いしました。
主人公と同棲を始めるサヨ(甲田益也子さん)は、守りたくなるほど儚げなのに、時折怖さを感じさせる不思議な女性でしたね。
原作でも非常にわかりにくいキャラクターでした。ただこれも小説を読んでいて「甲田さんがいいな」と思ったんです。それで、ご本人にお会いしたら「俳優は初めてだけど、興味があるので考えさせてください。」と言ってくれて。ですが、それからすぐに撮影が始まらなかったので、そのうち「実は妊娠して、子供が産まれてからも育てるのが大変になるので、無理かもしれない」と断られてしまい、彼女の不思議な魅力が好きだったのですごくがっかりしました。そこから何年か経ったある日彼女に会ったら、お子さんも少し手がかからなくなってきて、なんとなく本人も育児疲れしたことで違うことをしてみたいという気分になったんですね。そのタイミングで10年越しに出演が叶いました。彼女自身、とても不思議な方なので彼女の場合も役を本人にむしろ合わせた感じですが、それが僕はすごくよかったなと思っています。
ヒロインの甲田益也子さんをはじめ、美女が多く登場していましたね。もし監督が主人公だとしたらどの子を好きになっていたと思いますか?
難しい質問ですね(笑)。そういう風に考えたことはなかったのですが、でも逆にいうと撮影中はヒロインにどれくらい思い入れるかによって演出が変わってくるんです。もちろん仕事ですから、割り切って演出をすることはできるんですけど、演出に関わってくるので気持ちを持って演出をしたかった。ただそうすると2人ヒロインがいるときは2重に想いを持たないといけないので、すごく疲れるんです(笑)。ある時東京の撮影所で、2人のヒロインが揃ってしまったときは、どっちにも気を使わなくてはいけないので、本当にぐったりしました。
セット、ファッション、小物など細部まで作り込まれていましたが、特にこだわった部分はどこですか?
やっぱり全体だと思います。特にこの映画に関しては大きなチャレンジで、単純に坂口安吾の小説を映画にするだけではなくて、それまでの日本映画になかった映画を作ろうとスタッフも気持ちを一つにしたんです。美術、小道具、衣装、場所、撮影する仕方にしても、全員がこだわってやるっていうことを徹底しました。それが故にとても厚みのある映像になってると思います。例えば通行人。普通はエキストラと呼ばれてしまうのですが、僕らはエキストラとは呼びませんでした。全員俳優として扱おうということで、遠くに歩いてる通行人にも全部名前をつけたんです。助監督がそれを演じてくれる人に対して「あなたの役はどんな役でどこに住んでいて、仕事は何をしている」というシナリオを別に用意しました。
素人の方もそこまでこだわると本気になってすごくしっかり芝居をしてくれるんですよ。もちろんちゃんとやってもらった方がいいに決まっているんです。だからそういうところまでこだわりました。
他にも空襲のシーンでは、500人のエキストラに対して衣装は1000人分用意しました。それで一人一人持ち物までコーディネートを全部考えて。早朝から用意して夜やっと全員分揃うぐらい時間はかかったんですが、だからこそ迫力のある映画ができたのだと思います。
オリジナルとは違うところも少しあるとか。見どころを教えてください。
もちろん元は一緒なのですが、色を再現するのに、当時撮影をしたカメラマンと一緒に1カットずつもう一回検証し直しています。一番いい色に変えてるので、今見たら前よりは色が良くなっていると思います。それからCGで作った場面もいくつか作り替えました。ただこれは、大きくではなくて、自分たちが観て納得できるように、少しだけ直しました。
観客が気づくような部分はありますか?
まあ同じ映画なので気づいてもらっちゃいけないんですけどね(笑)。ただ自分たちでも驚いたのですが、色を直すことで、細部が昔よりも良く見えるようになったんです。おそらくフィルムの時は大事なものだけ見えていたのですが、細かいところまで全部見えるようになったと思いますね。

最後に、本作を通して読者に向けてメッセージをお願いします。


手塚眞(TEZKA MACOTO)

1961年東京生まれ。ヴィジュアリスト。高校時代から映画制作を始め、数々のコンクールで受賞。以後、映画・テレビ等の監督、イベント演出、本の執筆等、創作活動を全般的に行っている。1985年『星くず兄弟の伝説』で商業映画監督デビュー。1999年『白痴』がヴェネチア国際映画祭で上映され、デジタル・アワード受賞。テレビアニメ『ブラック・ジャック』では2006年東京アニメアワード優秀作品賞受賞。新作『ばるぼら』が第32回東京国際映画祭コンペティション部門で上映され、一般公開準備中。著作に『父・手塚治虫の素顔』他がある。
ネオンテトラ :neontetra.co.jp
手塚プロダクション : tezuka.co.jp

INFORMATION

白痴
劇場 : 新潟・市民映画館 シネ・ウインド
公開日 : 2019年11月23日(土・祝)~29日(金)
出演 : 浅野忠信、甲田益也子、草刈正雄、原田芳雄、江波杏子 他
公式サイト : https://eigahakuchi.com/
©︎TEZUKA PRODUCTIONS

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投稿者プロフィール

金子
金子ライター
レポーター&ライター。旅行、寺社仏閣、祭り、伝統文化をこよなく愛する。夢は狐の嫁入り行列で花嫁役になること。新潟・市民映画館「シネ・ウインド」の編集部にも所属している。