『ブエノスアイレス午前零時』での芥川賞受賞や、法政大学経済学部の教授、TVコメンテーターとしても活躍する新潟を代表する作家 藤沢周に聞く映画『武曲 MUKOKU』とこれから。

作家/藤沢周 Interview

編集者から作家の道へ

– 元々編集者をなさっていたそうですが、何か作家になるきっかけがあったんですか?

学生時代から小説は書いていましたが、本格的に意識し始めたのは、書評紙の編集者時代。『月山』で有名な作家・森敦さんとの出会いが大きいですね。森先生と仕事をした時に、「君は作家のにおいがする。一日一枚書きなさい。それで芥川賞、取りなさい」なんて言われて。でも、「俺は小説のストーリーが嫌いです」と生意気に答えたんです。「いや、ストーリーはいらない。コレスポンデンス(照応)でいい」と森先生。それから猛然と書き出したんですよ。鉤括弧つきの「文学」は壊してやる、という感じで。それがデビュー作の『ゾーンを左に曲がれ』(後に『死亡遊戯』と改題)です。

– すぐに作家一本で生活できる様になったんですか?

いやいや、デビューしてからも編集者をやっていました。ある日、会社の社長が私を呼び出し、目の前に自分のデビュー作の本を置いたんです。「あ、これ、クビだな」と思いました。内緒にしていたんです、小説を出したことは。そしたら、「藤沢君。一人の人間が小説を書く、本を出す、ということは大変なことだ。今まで通り、うまく仕事をさぼりながら、書き続けろ」とおっしゃった。まいりましたね。もう下手なものは書けませんよ。数年して、「ちょっと冒険してみるか? うまく行かなかったら、会社に戻って来てもいい」とも。それで作家一本の生活に入ったんです。そこまで言われたら、戻れない。逆にいいものを書いて、恩返ししたいと思いましたね。

– 森先生の言葉を本当に実現させた芥川賞の受賞ですが、やはり大きな転機だったんですか?

転機も転機。もう作品やエッセイの注文が半端ないわけです。だけど、一つも断らなかった。編集者時代、芥川賞や直木賞を取った作家が、「忙しくて書けないよ」と、こちらの依頼を断るんです。賞を取ったと同時にこれかよ、という想いですよ。だから、私はどんなことがあっても断らないでいこうと。体力、知力の限界で、彼岸が見えるような時もありましたけど(笑)、あれには鍛えられたと思います。自分で自分を鍛えた感じ。そして、読者の方々が自分の作品を手にしてくださることの喜びと怖さも知りました。読者は評論家より、はるかに深く読みますから。

『武曲 MUKOKU』について

– 柔道の有段者で、さらに最近では息子さんをきっかけに『武曲 MUKOKU』の題材でもある剣道を始めたそうですが、武道がお好きなんですか?

そうですね。元々、死んだ親父が柔道家だったんですよ。戦前、「新潟の三四郎」と呼ばれていて、県大会で何度も優勝しているんです。五段。そんな影響もあって、幼い頃から柔道はやっていました。
それが46歳になって剣道を始めるとは。竹刀は柔道のシゴキで使っていましたが、今考えると冷汗が出ます(笑)。剣先を交わす触刃だけで、相手と攻防する。もちろん、驚懼疑惑(きょうくぎわく)の四病につかまりやすいのですが、つまりは己れの弱さとの闘いこそが、剣道です。武道の精髄があると思います。

– 『武曲 MUKOKU』の緊張感のある描写は、そういったご自身の経験が反映されているんですね?

それは間違いなく。ただ、実際の剣道は一足一刀の間合いから一ミリよりも微細な駆け引きや、戦いがあります。そのギリギリのスペースや瞬間の打突を、そのまま描写すると、読者に伝わらない可能性もある。ですから、そこに立ち合う剣士の内面はもちろん、森羅万象の動きに託して、あの極く一刹那の豊饒を描こうと思いました。立合いのシーンを書く時は、実際の勝負のように、息をずっと細く吐き続けて書いているような感じでしたよ。

– 地元である新潟の四季や環境が、作品に影響を与えることなどはあるんですか?

神は細部に宿る、と言いますが、本当に私の作品の細部には、新潟が宿っています。特に自然描写は。結局、世界の捉え方や感覚は、幼い頃から親しんだ新潟の海や田んぼや川や街が育んでくれたものですから。今も目を閉じれば、むこうに弥彦角田山が見える水田の広がりや、薄紫色の佐渡ヶ島が横たわる日本海が、リアルに蘇る。いや、蘇るではないな。すでに、自分の中にある、という感じ。新潟は自分の感性のすべてだと確信しています。


映画『武曲 MUKOKU』予告編

– ご自身の作品が映像化されるにあたり、作品に人の手が加わっていくという事についてはいかがですか?

これは作家によって違うでしょうねえ。私の場合は、書き上げて本になったと同時に、自分の手を離れて旅をするのだと考えます。だから、読者がどのように解釈してくれてもかまわない。映画でどのように撮られてもかまわない。自由なものだと思っています。ただ、今回の映画『武曲 MUKOKU』は、原作の重要な所はすべて抽出してくれていました。見事なほどに。しかも、二人の主人公を、俳優の綾野剛さん、村上虹郎さんが完全に咀嚼して自らのものにし、原作以上のパッションで演じてくれました。

– 前述の綾野剛さんを初め実力派の俳優さんが揃っていますが、「この役は綾野さんにお願いしたい。」などご自身の中にイメージとしてあったんですか?

いえ、これも監督の自由だと思っていました。どのようにこの主人公を解釈するか。綾野剛さんと聞いた時は、飛び上がらんばかりに嬉しかったですね。同時に、映画『武曲 MUKOKU』は成功する、と確信しました。綾野剛さんも村上虹郎さんも、完全に役に憑依して、自らの無意識の扉を開いた。そこから出てくるものが、恐ろしく、美しいのです。原作者が言うのもおかしいですが、「ああ、矢田部研吾はこんなに苦悶していたか。羽田融はこんなに野生の狂気を抱えていたか」と思うくらいです。他の俳優さんたちの演技も、もうほれぼれしちゃって、何度見ても感動させられます。素晴らしい映画になりました。

– 映画『武曲 MUKOKU』の見どころを教えて下さい。

綾野剛さんの表情のグラデーション。凄いですよ。こんな綾野剛は見たことがない、と誰もが思うはずです。そして、やはり、二人の決闘シーン。崇高なる地獄を経巡るような二人の生きざま。この烈しさと対峙するように、恐ろしく静謐なラスト。この美しいラストは、たぶん他の映画にはないです。一挙手一投足、すべてが細部にわたって、美しいのです。
他の俳優さんたちの演技も、円熟の技。リアリティとは、こういうことか、と唸ります。柄本明さん、小林薫さん、風吹ジュンさん、前田敦子さんはじめ、多くの俳優さんたちの名演技が、ずっと心に焼き付くはずです。一生の映画になると思います。

読んでほしい作品

– 書評家としても活躍している藤沢さんですが、おすすめの作品とその理由を教えて下さい。

開高健『オーパ!』(集英社文庫)

大河アマゾンで、怪魚、珍魚、奇魚を釣りまくる。今は亡き作家・開高健は、魚と同時に世界の謎と豊かさを釣って見せるのです。読んでいるだけで、生きることが楽しくなる。

谷崎潤一郎『陰翳礼讃』(中公文庫)

闇に隠れた美を描写するマニアックな筆致に、うっとり。芸術や文学の狂気は、近現代の白っちゃけた光学ではとらえられない。深いです。

今後の展望

– 今後の展開や展望を教えて下さい。

映画『武曲 MUKOKU』を記念して、なんと、『武曲Ⅱ』を一気に書き上げました。さらに、みずみずしく、アグレッシブな羽田融が、どう自らの世界を獲得していくか、必見であります。
この『武曲』と『武曲Ⅱ』を書いたことで、純文学にエンタテイメントの要素を入れ込む面白さも摑みましたので、多くの読者の方々に開かれた小説を書いていきたいです。
同時に、ずっと温めているモチーフがあって、、、。これは秘密。時代、芸術、孤独、、、。人間の無意識の底=阿頼耶識(あらやしき)の扉を開く作品になると思います。
展開、展望、、、具体的に言葉にするのは難しいなあ。うーん、不言実行、あるのみですね。

TEXT : GAKU

PROFILE
藤沢周

新潟市西区内野町出身。書評紙『図書新聞』編集者などを経て1993年『ゾーンを左に曲がれ』(後に『死亡遊戯』と改題)でデビュー。1998年『ブエノスアイレス午前零時』で第119回芥川賞受賞。日本文学協会に所属する研究者でもあり、2004年からは母校である法政大学経済学部の教授に就任し、「日本文学」「文章表現」「日本文化論」などを教えている。新潟県の中学、高校などの作詞や、TVのコメンテーターとしても活躍するなど、活躍は多岐にわたる。

受賞
第119回芥川賞(平成10年/1998年上期)
『ブエノスアイレス午前零時』

舞台化作品
『ブエノスアイレス午前零時』パルコ・プロデュース
2014年11月28日〜12月29日
脚本 : 蓬莱竜太 音楽 : coba 演出 : 行定勲
出演 : 森田剛、瀧本美織、橋本じゅん、千葉哲也、原田美枝子
: http://www.parco-play.com/web/play/buenos/

作詞
『新潟県立阿賀野高等学校校歌』(2005・作詞)
『新潟県立新潟県央工業高等学校校歌』(作詞)
『新潟市立高志中等教育学校校歌』(2009・作詞)

: @Shu_Fujisawa

INFORMATION

『武曲』 書籍

映画 『武曲 MUKOKU』

6月3日(土) 全国ロードショー
綾野剛 村上虹郎 前田敦子 片岡礼子 神野三鈴 康すおん 風吹ジュン 小林薫 柄本明
監督 : 熊切和嘉 
原作 : 藤沢周『武曲』(文春文庫刊)

: http://mukoku.com/
予告編 : https://youtu.be/1jM6jELP7co
: https://www.facebook.com/MUKOKU.movie/